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先日、 通勤コース脇にスーパーが開店して、激しい風雨の朝にも拘わらず、入り口の外まで家族ずれで賑わっていました。
この開店したスーパーと目と鼻の先の路上では,ずいぶん以前から週に何回かの移動八百屋が店を開いていて、いつも客の姿があ
りました。
少し前に新しくした小型車の荷台に張った幌を巻き上げて、いつもカラフルな野菜や果物がきちんと積み上げられていて、几帳面そう
な小柄な親父がいつもテキパキと客をさばいていました。
お客が品物を選んで路上に並べた買い物かごの前に両の膝をついて、隣に置いたかごに一個づつ品物を移しながら、呪文のように・・
・・・150に120・・270・・270に350・・620・・620に280・・900・・900に240・・・。
その間、かごの前に立って待っているお客は、ひたすら呪文を唱える親父の頭越しに、目の前の塀の内側に伸びた庭木の方に目を泳
がせているふうなんです。
なにせお客と親父の完全な信頼関係ができていますからね。
それでも、親父の大きな前掛けのポケットに小さな電卓の一つでも落としておけば楽だと思うのに・・・などと横を通り過ぎながら眺めたものでしたが、スーパーの開店とともに、その姿も見られなくなりました。
ところが帰宅で其の場所を通るとき、時折、あの親父のひざまずいた姿と呪文のような声とが、私の心に幻のように蘇って くるのであり
ます。(2008,03,23)
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